裁判所事務官を目指して勉強をしている受験生は多いかと思いますが、転勤があるのかどうか気になるのではないでしょうか。
中には公務員になりたいけれど転勤はしたくない、転勤をしたとしても引っ越しまではしたくない、と考えている人もいるかと思います。
ここでは、そうした転勤について悩んでいる人のために元裁判所事務官の経験から裁判所事務官の転勤事情をどこよりも詳しくまとめていますので、参考にしてみてください。
この記事の目次
1 裁判所事務官は採用された管轄区域内で転勤がある
裁判所事務官に採用されると、転勤の可能性があります。その転勤の範囲は、基本的に受験時に申し込んだ各高裁管内の範囲内となります。
この高裁管内とは、全国に存在する8つの高等裁判所(札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、高松、福岡)がそれぞれ管轄する区域を指します。 たとえば、 東京高等裁判所の管轄区域は、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県、長野県、新潟県、となっているため、東京高裁管内で採用されると、これら1都9県で勤務する可能性があることになります。
そのため、例えば現在東京に住んでいる人が東京高等裁判所の管轄区域で採用されて長野に転勤となった場合は転居を伴う転勤となってしまいます。
各高裁管轄区域は以下のとおりとなります。(参照元:「平成27年度裁判所職員採用試験受験案内」)
大阪高裁管内:大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県、和歌山県
名古屋高裁管内:愛知県、三重県、岐阜県、福井県、石川県、富山県
広島高裁管内:広島県、山口県、岡山県、鳥取県、島根県
福岡高裁管内:福岡県、佐賀県、長崎県、大分県、熊本県、鹿児島県、宮崎県、沖縄県
仙台高裁管内:宮城県、福島県、山形県、岩手県、秋田県、青森県
札幌高裁管内:北海道 高松高裁管内:香川県、徳島県、高知県、愛媛県
※これまでは裁判所事務官の総合職採用は全国で採用し全国に配属される方法をとっていましたが、平成27年から、一般職同様に管轄区域での採用・勤務に変更されました。
なお、勤務地で1つ注意しておくことは、たとえば東京都に採用されても、必ずしも霞ヶ関勤務ではないということです。東京都の場合、西の方に立川支部という比較的大きな裁判所があります。ここは23区でなく東京の西部、立川市にありますが、当然都内の裁判所ですので勤務地となります。
また、札幌管内は「北海道のみが勤務地で転勤がない!」と道外の方は勘違いしそうになりますが、北海道には札幌、旭川、函館、釧路という地裁管轄があり、釧路転勤も十分にありえます。(札幌〜釧路の走行距離は約320キロとされており、これは東京〜仙台間の約350キロの走行距離より若干短い程度の距離になります。つまり、転居を伴う転勤になるので、札幌管内はそのような北海道特有の事情を考慮しなければなりません。
このように、裁判所事務官は原則として採用された管轄区域内での転勤があるということを知っておきましょう。
2 採用の際は勤務先の希望は通らないことが多い
裁判所の受験案内には勤務地として管轄区域が明示されていますが、果たして採用の際に自分の希望は通るのでしょうか?
まず、採用されたときの最初の配属先についてですが、正確には転勤とは言いませんが、受験生にとっては気になるところかと思います。
たとえば東京高裁管内の受験生は、やはり東京・神奈川・埼玉・(千葉)の裁判所で勤務したいという希望が圧倒的に多くなっています。 しかし、新人事務官全員の希望をかなえるだけの事務官のポストがありません。
そこで裁判所では、一般的に「合格者名簿の席次順(=合格順位)」に配属先を打診していき、「希望を聞いて」割り当てていく形をとっています。したがって、上位で合格すればするほど、自分の希望地に配属される可能性が高くなります。
東京高裁管内では毎年150名程度採用しています。しかし、首都圏に全員を配属するだけの空きもありませんので、人気のない地方都市にもだれかを配属することになります。 東京生まれ東京育ちの人が、1年目の採用で縁もゆかりもない群馬県や新潟県などの裁判所に任官することもあります。これは男性、女性関係ありません。近年は、男女の採用比率がほぼ平等になっていますので、女性だけ優遇するということもないようです。
なお、採用試験の面接時に、「勤務希望地等調査票」というものを裁判所に提出します。この調査票には、希望勤務地を第3希望まで記入することになっています。 しかし、合格者名簿の席次(合格順位)によっては必ずしもその希望がとおらないこともありますので覚悟しておきましょう。
なお、この調査票には、 「勤務希望地に採用されない場合」という欄があり、
□どこでもよい
□( )の地域を除けばどこでもよい
□採用を希望しない
にチェックをいれることになっています。
どうしても合格したい人は、□どこでもよい、にチェックをすべきですが、親の介護や乳幼児の育児など特殊の事情がある場合は、後者2つにチェックすることも可能です。 しかし、それが採用にどう影響するかは当局しか知り得ないところになります。 採用面接時に質問されますので、しっかり事情を伝えることが必須となります。採用試験は相対評価ですので、もし後者2つにチェックをするのであれば採用されないリスクも覚悟すべきでしょう。
3 書記官になると転勤することがある
採用時に配属されたところには、基本的には3年以上は勤務することになります。 特に、東京都や大阪府などの大規模長で採用された場合、裁判所書記官にならずに裁判所事務官でいる以上は、長く同じ裁判所で勤務することが多くなっています。
もっとも前述したように、東京都といってもいくつか裁判所があるので、東京地方裁判所(霞ヶ関)→民事執行センター(目黒)、といった都内の裁判所の中での異動はあります。
一方、採用時に希望しなかった地方に配属された人が、2、3年後に希望の裁判所に戻れるかどうかは確証がありません。大都市圏は人気のある激戦区ですので、そのポストの空きがなければ異動がかなわないこともあるわけです。
では地方配属になってしまった事務官は、そこに住み続けなければならないのでしょうかというと、そのようなことはありません。 毎年の上司との面談で異動を訴え続けるほか、「書記官」に任官するときには大きな転勤が伴う可能性があります。
この書記官になるには原則として、裁判所内部の試験を受けて、それに合格すると埼玉県にある研修所で1〜2年、全国の裁判所事務官の仲間と研修を受けます。その後、卒業試験に合格すると書記官に任官し、それぞれの裁判所に配属されることになります。配属先については、必ず面談をしてくれて希望をくみあげてはくれます。
たとえば、乳児を保育園に預けながら研修を受ける女性も珍しくありませんが、さすがにそのような女性に、突然、現在の住居から転居を伴う他県に配属するようなことはないようです。
残念ながら結婚をしただけでは、つまり子どもがいない状態では、必ずしも希望がかなうとは限りません(かなうこともあるようですが)。また、20代独身で自由の身の場合には、容赦なく地方都市や、もしくは交通の便が悪い支部に配属されることもあります。これは男女関係ありません。
しかし、これも書記官のポストがあるかないかの問題なので、首都圏勤務の希望を出して、ほとんどの人が首都圏に配属された年もあれば、ほとんどの人が地方配属になった年もあります。 また、東京という大都市圏はやや特殊であって、地方の場合はまた状況が異なることもあるようです。地方の裁判所から書記官研修所に来た人は、書記官に任官するときに同じ裁判所に戻るということも珍しくないようです。
これらは、裁判所に採用されてから、人事課や諸先輩に話を伺ってほしいと思います。
その後はしばらく大きな転勤はないことが多いようです。 もっとも、事務官時代に東京地裁に勤務していた人が、書記官になったときに地方の裁判所に配属された場合、希望を出せば、その3〜6年後に東京に戻してくれるという人事は行われています。
4 昇進しても転居を伴う転勤はありえる
書記官任官後、次の大きな転勤は、主任書記官(管理職)として任官する場合になります。だいたい30代後半〜50代くらいで任官することが多いのですが、このときは、転居を伴う異動が多いようです。 しかし、ここで異動しても、大都市から地方への転勤の場合は、希望すれば、3〜6年で大都市の裁判所に戻ってくる主任書記官(管理職)がたくさん存在します。
30代後半であれば育児、40代以降であれば介護の問題も発生してきますので、ある程度考慮はされているように感じます。しかし、100%考慮されるわけではないので、特に育児中の女性は、主任書記官になることを大きくためらう方も多くいます。
なお、主任書記官になったあとに更に上の役職に昇進していく場合、同様に管内での転勤があります。官職が上がる度に転勤することもありますが、これもポストの空きの問題があります。
主任書記官は基本的には各部署に1〜2名、また司法行政部であれば課長補佐も課長もそれぞれ1名、といったように人数が決まっています。 したがって、昇進のタイミングにそのポストがどの裁判所に存在するのかによってくることになります。
ずっと東京近郊だけを回りながら(たとえば、東京簡裁→東京地裁→東京高裁→最高裁→東京高裁のように)出世した人もいれば、あらゆる県を回りながら出世していく人もいます。
ここまで述べてきたように、採用時、書記官任官時、管理職昇進時には、都府県をまたぐ転勤の可能性が十分にあります。
5 結婚や持ち家、介護などが理由でも転勤は避けられない
裁判所の転勤は、民間企業にありがちな、突然辞令がおりて「行ってきて!」という命令とはやや異なります。一応、上司との面談を繰り返し行ったうえでの転勤になります。
ただ、子どもなしの結婚の場合は、子どもありの夫婦よりは配慮されないことも考えられます。 首都圏の場合は交通網も発達していますし、また通勤時間が2時間以内なら十分に通勤圏内と考えられていますので、県をまたいでも夫婦として同居生活を行うことは十分に可能ですし、現実にそのような夫婦もいます。
持ち家があっても単身赴任を3〜6年くらいすると、地元に戻してくれることも実際に多いです。ここは、容赦なく全国を転々とさせられる家庭裁判所調査官や裁判官と異なり非常に考慮してくれているように感じます。
結論としては、家庭の事情で転勤を断ることは昇進を断ることにもつながりますが、ある程度勤務地を配慮してくれる余地があるということです。 ケースバイケースとしかいいようがありません。
6 給与は転勤先の地域により異なる
ここまで読んで裁判所事務官になったら転勤は避けられないな、と感じたかと思いますが、さらに気になるのは転勤したら給料がどうなるのか?ということではないでしょうか。
例えば、地方に転勤になったら給料が安くなってしまい生活が苦しくなるのでは、という不安もあるかもしれません。
結論として、転勤先の地域によって給料変わります。
これは裁判所事務官に限らず、国家公務員全てに適用されます。 国家公務員の手当の中には地域手当というものが存在します。これは、その地域の民間賃金水準の反映や物価等をふまえ、民間賃金の高い地域に勤務する職員には手当を上乗せするというものです。
人事院規則9−49(地域手当)の附則別表にその加算割合が記載されていますので参考にしてみてください。 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18F22009049.html
上図のように、特別区は百分の十八(つまり18%)となっているので、現在は東京都特別区の勤務(たとえば東京地裁等)は、基本給に18%が加算されます。もちろん加算なしの地域もあります。
この割合は事情により変更されます。割合についてはここ10年でも変更がありましたし、今後も変更されるでしょう。
一見不公平にも感じますが、住居費を考えるとやむをえないとも考えられます。 民間の調査によると以下のようになっています。
1Kの家賃相場
・東京都23区(平均23.6㎡) 7.6万円
・大阪市(平均23.1㎡) 5.3万円
・札幌市(平均24.3㎡) 3.3万円
(2011年9月 ホームアドパーク調べ)
物価は全国ほとんど変わりませんので、現実問題として、大都市圏と地方との住居費の差額を埋めてくれるのが地域手当ともいえるでしょう。
実際に、東京で一人暮らしをしている職員よりも、地方に住んでいる人の方が貯金が貯まったという話を聞くこともありました。
7 転勤はデメリットばかりではないということも知っておこう
転勤って引っ越しをしなければいけない可能性はあるし、地域によって給料も変わるしで、あまりいいことがないのではと感じる人も多いかと思います。
しかし、転勤はこのようなデメリットばかりではないということも知っておいてください。
裁判所の仕事は、霞ヶ関や大阪本庁の仕事が圧倒的に事件数が多く、激務となることが多いです。特に事件部であれば裁判官の異動時期の3月には判決ラッシュとなるので、書記官の仕事も膨大になります。 大規模庁の人事課は、年末や採用時期には終電の日が続きます。土日出勤もあります。
一方、事件数が少ない地方では、勤務時間中はたしかに忙しくても、定時もしくは残業も2時間程度であがれることがほとんどのようです。
仕事にゆとりがあると精神的にも余裕が出ます。 勤務後は行きつけの飲み屋に通ったり、帰宅して勉強するのもよいでしょう(裁判所書記官の仕事は常に勉強が必要です)。
地方転勤になった裁判所職員の友人には、地方で乗馬を習ったり、ゴルフを始めた人もいました。都心では時間・費用的になかなかできないことを余暇として楽しめるわけですね。
地方転勤から霞ヶ関に戻って来たとたん、鬱病になるような方もいるくらいですから、やはり、ワークライフバランスをとるという意味では、一時的な転勤は視野の広がり人生において十分なメリットがあると感じます。
さらに、同じ場所で同じメンバーと何年もいっしょに仕事をし続けることは非常に窮屈なものです。裁判所職員にもいろいろな方がいるので、ずっと一緒にいると好き嫌いも出てくるものです。そのような負の環境を変えるチャンスがあるということがいかによいことかは、働いてみると身にしみて感じるとことでしょう。
このように転勤をすることは決してデメリットだけではないということを知っていただければと思います。
8 まとめ
いかがでしたか?裁判所事務官の転勤についてはかなり詳細に知れたかと思います。 裁判所事務官は転勤を避けられず、場合によっては転居を伴うこともありえるので、職場を転々をする人にとっては気になるかもしれません。 しかし、転勤をすることのメリットもありますし、転勤の有無だけでは測れない仕事の魅力もあります。 ぜひこの記事を参考に、自分は仕事を通じ、将来どのようなライフスタイルを送っていきたいかを考えていただければと思います。